大阪地方裁判所 昭和54年(行ウ)34号・昭52年(行ウ)55号・昭52年(行ウ)56号・昭52年(行ウ)57号・昭52年(行ウ)58号 判決
枚方市大字藤阪二五三六番地六
昭和五二年(行ウ)第五五号事件原告(以下原告という)
奥田泰郎
枚方市大字藤阪二五三六番地六
昭和五二年(行ウ)第五六号事件原告(以下原告という)
奥田純子
和泉市鶴山台二丁目一番地
二号棟九〇六号室
昭和五二年(行ウ)第五七号事件原告(以下原告という)
菅江浩子
豊中市岡町北一丁目五番六号
昭和五二年(行ウ)第五八号事件原告(以下原告という)
小山悦子
下関市長府町中土居一五一二番地六
昭和五四年(行ウ)第三四号事件原告(以下原告という)
三宅妙子
原告ら訴訟代理人弁護士
仲田晋
鈴木尭博
枚方市大柿内町二丁目九番九号
昭和五二年(行ウ)第五五ないし第五七号事件被告(以下被告という)
枚方税務署長
杉江直樹
池田市城南二丁目一番八号
昭和五二年(行ウ)第五八号事件被告(以下被告という)
豊能税務署長
戸谷晴治
下関市山の口町一の一八
昭和五四年(行ウ)第三四号事件被告(以下被告という)
下関税務署長
和田桂
被告ら訴訟代理人弁護士
兵頭厚子
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告ら
被告枚方税務署長が昭和五〇年九月三日付で原告奥田泰郎、同奥田純子、同菅江浩子に対して、
被告豊能税務署長が同年一一月一五日付で原告小山悦子に対して、
被告下関税務署長が昭和五一年九月二九日付で原告三宅妙子に対して、
それぞれした昭和四九年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。
訴訟費用は、被告らの負担とする。
との判決。
二 被告ら
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 本件請求の原因事実
(一) 原告らの昭和四九年分所得に対する課税の経緯とその内容は、別表1、2に記載したとおりである。
(二) しかし、被告らが原告らにした本件更正処分は、原告らの長期譲渡所得を短期譲渡所得と誤認した点で違法であり、したがつて、本件賦課決定処分も違法である。
(三) 結論
原告らは、被告らに対し、それぞれ本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消しを求める。
二 被告らの答弁
(一) 本件請求の原因事実中(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の主張は争う。
三 被告らの主張
(一) 原告らは、昭和四九年二月二八日、訴外日本機械土木株式会社(以下日本機械という)に対し、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を、三億八、三四七万九、二〇〇円で売却した。原告らの持分は、原告奥田泰郎が一〇分の六、その余の原告らが各一〇分の一である。
本件土地の譲渡所得に関する計算は、別表3記載のとおりである。
(二) 本件土地の譲渡が、短期譲渡所得として課税される理由は、次のとおりである。
国有農地等の売払を受けた土地等の譲渡所得の課税については、国有農地等の売払いに関する特別措置法(昭和四六年法律第五〇号、以下農地売払法という)が適用され、同法五条は農地法八〇条二項により売払を受けた土地に係る譲渡所得について特則をおき、同条所定の方法で売払を受けた土地の譲渡については、全て同条が適用される。
同条は、売払を受けた後の譲渡につき、その譲渡目的(あるいはその後の使用目的)に応じて課税所得の計算方法を区別しているのであつて、譲渡者が譲渡物件を取得した事情は農地法八〇条二項の規定による売払という要件以外にその経緯あるいは態様等は一切関知していないのである。
しかるに、原告らは、本件土地につき、農林大臣から昭和四八年一〇月一八日農地法八〇条一項に基づく認定を受け同四九年二月二六日同条二項に基づいて対価一億六、七三二万一、六三九円を支払つてその所有権を取得し、更に同月二八日日本機械に譲渡したものである。
そうすると、本件土地の譲渡は、農地売払法五条一項二号に規定する譲渡に該当し、租税特別措置法三二条一項が適用され、分離短期譲渡所得として課税される。
(三) 譲渡費用について
被告らは、原告らが申告した譲渡費用中、訴外奥田昇次分二、〇〇〇万円と、訴外日本耐アルカリ塗料株式会社(以下日本耐アルカリという)分二五〇万円を否認したが、その理由は、次のとおりである。
(1) 奥田昇次分 二、〇〇〇万円
原告奥田泰郎は、本件土地上で塗料製造業を営んでいたが、本件土地上の建物のうち、一部の工場、作業場、倉庫を第三者に貸与していた。本件土地の譲受人である日本機械は、本件土地上で宅地造成を行う目的でこれを買い入れたため、本件土地上に存在する右各建物等一切の施設を撤去し更地にしなければならなかつた。そこで日本機械は、原告奥田泰郎に対して昭和四八年六月、右各施設の立退補償金として本件土地代金とは別に一億二、四一三万六、〇〇〇円を支払つた。右立退による工場閉鎖に当たり、同原告は、その経営する塗料製造工場に勤務していた奥田昇次に対し退職功労金として二、〇〇〇万円を支払うことにし、同年八月二八日金五〇〇万円、残金一五〇〇万円は奥田昇次が居住していた本件土地上の建物を明け渡す際に支払うことになつた。
したがつて、原告らが本件土地の譲渡費用であると主張する奥田昇次への二、〇〇〇万円は、原告奥田泰郎が奥田昇次に支払う退職金であり、仮にその全てが退職金でないとしても右述の事情よりして、右立退補償金から控除すべき性質の費用であり、本件土地の譲渡に要した費用ではない。
(2) 日本耐アルカリ分 二五〇万円
原告奥田泰郎は、本件土地上の建物の一部を日本耐アルカリに賃貸していたが、その立退料の支払は、日本機械から支払われた右立退補償金から支払われた。したがつて、本件土地の譲渡に要した費用ではない。
(四) 以上の次第で、被告らがした本件更正処分は適法であり、本件賦課決定処分も適法である。
四 原告らの主張
(一) 被告らの主張中(一)の事実は認める。
(二) 本件更正処分の違法事由は、次のとおりである。
(手続的違法事由)
(1) 被告は、本件更正処分をするについて、国税通則法二四条(原告奥田泰郎については、なお所得税法一五五条一項)に定める調査をしなかつた。すなわち、
国税通則法二四条は、納税申告書に係る課税標準等を更正する場合、これに先だち税務署長に対し調査の義務を課している。同条は、調査について何らの規定を設けておらず、結局各個別国税諸法の定めるところによるところ、いずれにせよ、その調査は、各納税者毎になされなければならず、自主申告制度の意義、財産権不可侵の原則さらには法定手続の保障の意義にかんがみればその内容は納税者に弁解の機会を与えるか少くとも納税者の意思を確認する程度にまで実質的なものでなければならない。
しかし、被告枚方税務署長は原告奥田純子および同菅江浩子に対し、被告豊能税務署長は同小山悦子に対し、被告下関税務署長は同三宅妙子に対し、本件更正処分をするに先立つて同条に義務づけられている調査を全くしなかつた。
原告奥田泰郎は、被告枚方税務署長により所得税法一四三条の青色申告の承認を受けていたため、同被告がした本件更正処分は「青色申告書に係る年分の総所得金額」等の更正にほかならないから、同被告は、本件処分に先立ち同法一五五条一項に定める調査をなすべきところ、同被告はかゝる調査をしなかつた。
(2) 原告奥田泰郎に対する本件更正処分は、所得税法一五五条二項に定める更正の理由を附記しない違法か、少くとも理由の附記があるとしても著しく不備の違法がある。
被告枚方税務署長が同原告に送達した更正通知書(甲第五号証)には、たしかに「この処分の理由」であるとして、左記の記載がある。
「あなたの昭和四九年分申告所得税のうち、譲渡所得について下記の理由により更正します。
1あなたの申告された農地法八〇条二項により売り払いを受けた土地の譲渡所得は「国有農地等の売払いに関する特別措置法」第五条一項二号の規定により、短期譲渡所得(分離)と認められます。
2土地の譲渡にかかる経費として算入された奥田昇次に対する「覚書」による一二、〇〇〇、〇〇〇円の支払いは土地の譲渡にかかる経費とは認められません。
3土地の譲渡にかかる経費として算入された耐アルカリ株式会社に対する立退料八八五、〇〇〇円は建物の譲渡の経費となりますので、土地の譲渡の経費とは認められません。」
ところで、附記すべきものとされている理由には、とくに帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにして納税者にこれを知悉させ、もし該処分に不服である場合には不服申立をして十分に攻撃防禦を果たさせる程度に理由を附記することが必要とされるところ、前叙の「この処分の理由」の記載は、一体如何なる具体的資料等にもとづいて認定したのか、その資料等によることがどうして正当なのか、たとえば奥田昇次に対する支払金が土地譲渡の経費でないとするならば一体どの所得の経費であるのかなど右の記載自体からこれを知ることは全く不可能であるから、これをもつて所得税法一五五条二項にいう理由附記の要件を充たしているとは到底認められない。
(実体的違法事由)
(1) 本件土地の譲渡所得が、長期譲渡所得になる理由は、次のとおりである。
元来本件土地は、原告らの被相続人訴外亡奥田春男が所有していたものを、国が、昭和二三年七月二日、自作農創設特別措置法三〇条により、未墾地買収をしたが、その買収処分には、買収令書の交付がなかつたこと、など重大かつ明白な瑕疵が存在していたのであるから、本件土地の買収処分は無効である。その理由の詳細は、別紙添付の準備書面のとおりである。したがつて、国は、本件土地の所有権を取得することはできなかつたのである。そして、本件土地は、大部分農業用地として適さないから、買収計画自体杜撰なものであつて、取消しを免れないものであつた。
仮に右買収処分が有効であつたとしても、本件土地の所有権は、時効によつて原告らに帰属している。すなわち、奥田春男は、買収された昭和二三年七月二日以降も引続き二〇年以上所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地を占有していたのであるから(とくに、本件土地のうち、別紙物件目録記載の<1>および<9>ないし<11>の各土地については、同土地上に工場等の施設を有して塗料の製造を行なつていたのであるから、所有の意思をもつて占有を継続していたことが明白である)、時効により本件土地の所有権を取得したものであり、昭和四六年九月一三日、奥田春男の死亡によつて、その相続人である原告らが本件土地の所有権を承継取得した。
したがつて、本件土地の譲渡は、租税特別措置法三一条一項に該当するから、これについては長期譲渡所得の課税がなされるべきであり、短期譲渡所得の課税をすることは許されない。
(2) 仮に、右の主張が認められないとしても、国から買収処分を受けた本件土地の旧所有者奥田春男の一般承継人である原告らは、農地法八〇条に基づき、農林大臣に対して買受けに応ずべきことを求める権利(買受請求権)を有していたのであるから、日本機械に対する本件土地の譲渡は、実質的には、右買受請求権の譲渡と解すべきである。
したがつて、この譲渡は、権利譲渡であるから、所得税法三三条を適用すべきであり、土地建物等の譲渡に関する租税特別措置法三二条一項を適用することは許されない。
(3) 奥田昇次分、二、〇〇〇万円及び日本耐アルカリ分、二五〇万円は、いずれも、本件土地の譲渡に必要な経費である。
(4) 本件更正処分は、著しく公平を欠き、違法である。すなわち、
すでに主張したとおり、原告らの被相続人である奥田春男は、国の買収にもかかわらず、従前と何ら異るところなく所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地を占有し続け、その死亡後は原告奥田泰郎らが承継してきたところである。
一方本件土地の一部及びその近隣の地に当時入植した開拓者は、訴外原田某、脇川某、金丸某、岡沢某の四名であつたが、すでに指摘したとおり買収は杜撰をきわめ、当初より農地の配分計画すらなかつたため開拓者といえども土地の農業上の利用の増進を計るすべもわからずそのためいずれもつとに転業し本件土地に関し原告らと日本機械とが契約をした当時、これらの者(原田は死亡しその相続人ら)は全く農業の経営をなしていなかつた。
また、本件土地が含まれる津田第一地区開拓地の旧地主であつて売払をうけた者は、奥田春男ほか一〇名であつたが、奥田春男を除く一〇名は、いずれも右開拓地内に居住せず、東京、大阪などに居住する者さえいた。ひとり奥田春男だけが、開拓地内にあつて本件土地を占有し続けていたのである。
原告らと日本機械との前記契約は、昭和四九年二月二六日、売払を受けるより一年以上も前になされたが、右契約は三つの契約からなつている。その一は、本件土地のうちかつて前記開拓者らによつて占有されたことが全くなく、奥田春男によつて排他的に支配してきた部分に関するもの、その二は、同開拓者らが入植をしたとされる部分に関するもの、その三は排他的支配地上にある工場施設の移転に関するものであつた。
以上のとおり、同じく土地に関するものであつても、二つの契約にしたのは、かつて開拓者らが占有したか否かによるだけであつた。
しかして、前記開拓者(原田についてはその相続人)が得た開拓者離農補償金(前記のとおり農業経営の実態がなかつたため、占有面積などを考慮することなく一律に支払われた)についてはすべて長期譲渡所得の取扱いがなされた。
また、売払を受けた旧地主については、前述のごとく土地についての占有の実態を考慮することなくすべて短期譲渡所得の取扱いをした。
いうまでもなく課税はその実態実質を基礎になされなければならず、かつ公平が貫かれなければならないが、叙上の事実に鑑みるとき原告らに対する本件更正処分は、いずれも実態と実質を無視し、著しく公平を欠くものとして、違法であるといわなければならない。
五 被告らの反論
(一) 国税通則法二四条による調査の程度、方法は、課税庁の合理的な裁量にまかされており、必ず納税者に弁解の機会を与えたり、納税者の意思を確認すべき義務はない。
本件では、原告奥田泰郎が、本件土地の譲渡と譲渡所得の確定申告を総括しており、税理士訴外大谷和夫が確定申告に当たつていた。そこで、被告枚方税務署長は、原告奥田泰郎、大谷和夫、奥田昇次らに面接して事情を聴取して原告らの必要書類の提示を受け、第三者、関係官庁に照会したり、本件土地の実地見分をした。
このようなわけであるから、被告らは、国税通則法二四条に定める調査をした。
(二) 所得税法一五五条一項一号によつて更正する場合には、同項但書により、帳簿書類の調査が必要でないし、同条二項括孤書によつて「更正理由の附記」をしなくてもよいことになつている。
(三) 国は、昭和二三年七月二日、本件土地を奥田春男から農地買収をしたこと、国は、昭和四九年二月二六日、原告らに対し、農地法八〇条二項によつて本件土地の売払をしたこと、以上のことは認める。
しかし、本件土地の農地買収処分は、有効である。すなわち、
(1) 本件土地の買収処分には、原告らが主張する重大かつ明白な瑕疵がない。
(2) 仮に、取り消すべき瑕疵があつたとしても、奥田春男が提起した本件土地の買収計画取消訴訟、買収対価増額訴訟は、いずれも取下げられた(前訴は昭和四〇年一二月二一日、後訴は二四年一二月二二日)。したがつて、右買収処分は、取り消し得ざるものとして確定した。
(3) 仮にそうでないとしても、奥田春男が昭和二三年九月六日に訴を提起して維持したこと、及び原告らが、昭和四七年一二月二五日、本件土地の売払について国有財産買受申込書を訴外農林大臣に提出し、昭和四九年二月二六日、農地法八〇条二項に基づいて対価を支払つて本件土地の売払を受けたことから、原告らは、本件買収処分による国の所有権を追認したことになる。
(四) 原告らが、本件土地を時効によつて取得したことはない。その理由は次のとおりである。
(1) 本件土地の買収の相手方である奥田春男には、所有の意思がなかつたし、この占有を承継した原告らにも、所有の意思がない。
(2) 原告らの主張する占有期間には、占有の継続がなかつた。
<5>の土地には、原田某が入植し、<8>の土地には、脇川某が入植して耕作居住し、右土地並びに<6>の土地、<7>の土地を含む本件土地の東側、南北に走る道路一帯は、耕作、果樹栽培、養鶏などがなされていた。また<4>の土地付近は、買収後、開拓されずに自然林のままであつたと考えられる。したがつて、奥田春男が、これらの土地を占有していた事実はない。
<9>ないし<11>の土地上には、建物その他の施設が散在しているが、その建物が未登記であるためこれらが建てられた時期が明確でない。しかし、これらの建物が枚方市津田財産区の所有地にまたがつていることからすると、奥田春男は、買収後開拓が進まず放置されていたことを奇貨として、本件土地を不法占拠して行つたものである。
(3) 原告らは、対価を支払つて本件土地の売払を受けたのであるから、これにより、時効利益を放棄した。
(五) 原告らと日本機械との売買契約の目的物は、本件土地の所有権であつて、売払請求権でないことは、売買契約書や当事者の意思によつても明らかである。なお、売払請求権は、買収前の所有権又はその一般承継人の一身専属権であつて譲渡できない。
(六) 被告らは、奥田昇次分 二、〇〇〇万円、日本耐アルカリ分 二五〇万円が、いずれも本件土地の譲渡費用であることを否認しているが、仮に、この主張が認められない場合には、本件土地の譲渡費用中、五十川団一分 一〇〇万円を否認する。すなわち、五十川団一は、原告奥田泰郎の実父であるが、本件土地の譲渡について、具体的な仲介の事実がない。
(七) 課税処分が適法かどうかは、当該処分の前提となる課税要件が充たされているかどうかによつてきまり、原告らが主張する事情によつて、課税処分が公平を欠き違法となる理はない。
六 原告らの反駁
(一) 国税通則法二四条に定める調査義務は、課税庁の自由裁量に委ねられておらないし、青色申告に記載されているすべての所得について更正する場合には、理由附記が強制されている。
奥田昇次分 二、〇〇〇万円が、本件土地の譲渡費用として認められず、退職功労金であるというなら、被告枚方税務署長は、奥田泰郎の昭和四九年分の事業所得の減額更正をしなければならなかつたのである。そうすると、同原告に対する本件更正処分は、この点で違法である。
(二) 本件土地の農地買収処分が無効である以上、無効行為の追認などある筈がない。
(三) 公共用財産についても、取得時効が認められるところ、本件土地は、未墾地買収されたが、国は、その殆んどを、未墾地のままで放置して管理をしなかつた。そこで、奥田泰郎は、その家族とともに、所有の意思をもつて占有を継続したのである。本件土地上の建物や施設は、おそくとも、昭和三三年までには、完成し、昭和三五年には、これらに火災保険がかけられている。
(四) 原告らに対する農地法八〇条二項の売払は、無効である。もともと、本件土地は原告らの所有であるのに、日本機械に一括売却するために、八〇条二項の売払の手続をとることを余儀なくされた。しかし、これは、国が、弱者の立場にある原告らの窮状と窮迫に乗じて、売払契約を締結させた点で、公序良俗に違反し無効である。
(五) 売払請求権は、一つの財産権として譲渡の目的になることは、いうまでもない。そして、売払請求権の譲渡には、租税特別措置法三二条一項の適用がなく、所得税法三三条が適用されるのである。
七 被告らの反駁
(一) 奥田昇次分 二、〇〇〇万円が、退職金であるとしても、その年分は、昭和四九年ではない。二、〇〇〇万円のうち五〇〇万円が支払われたのは、昭和四八年八月二八日であり、一、五〇〇万円は、まだ支払われていない。奥田昇次が、形式的に退職したのは、昭和五一年であるが、現実に退職したのは、昭和四五年であり、原告奥田泰郎は昭和五〇年まで給料を支給していた。
(二) 原告らは、国から支払を受けるについて、本件土地の所有権が自己にあることや本件土地の買収処分が無効であることを主張しておらず、国に所有権のあることに異議を述べていない。したがつて、売払処分が、原告ら主張のように公序良俗に違反する理由はない。
(三) 本件土地の買収処分には、重大かつ明白な瑕疵はなく、買収処分に伴う本件土地の国への所有権移転登記の完了、離農補償金の支払にみられる入植者の存在、売払申請、売渡通知、原告らの対価の支払、本件土地の引渡など、経済的成果が生じており、課税庁は、このような売払行為を有効として課税処分をすれば足りる。本件土地の売払が判決によつて無効であることが確定されれば、はじめてそのとき更正すれば足りる。しかし、本件では、本件土地の買収処分、売払処分が有効に存続しているのであるから、本件更正処分には、なんらの違法がない。
(四) 原告らは、本件買収処分について、前述した訴の取下後なんら争わず、本件土地の売払申込までして対価を支払い、売払を受けて日本機械に売却しながら、本件更正処分を受けると、本件土地の買収処分の無効を主張するに至つた。しかし、このような主張は、禁反言の原則、信義則の原則に反するから、許されない。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、ここに引用する。
理由
第一 原告らの昭和四九年分の所得に対する所得税課税の経緯と内容が、別表1、2のとおりであることは、当事者間に争いがない。
第二本件更正処分の適法性について
一 当事者間に争いがない事実
(一) 原告らの亡父奥田春男は、本件土地を所有していたが、国が、昭和二三年七月二日、自作農創設特別措置法三〇条によつて買収処分をした。
(二) 奥田春男は、昭和四六年九月一三日死亡し、原告らが、その遺産相続人として権利義務を承継した。
(三) 原告らは、昭和四八年一〇月一八日、農林大臣から本件土地について、農地法八〇条一項に基づく認定を受け、昭和四九年二月二六日、同条二項に基づいて対価一億六、七三二万一、六三九円を支払つて売払を受けた。
(四) 原告らは、同月二八日、本件土地を日本機械に三億八、三四七万九、二〇〇円で売却した。原告らの持分は、原告奥田泰郎が一〇分の六、その余の原告らが各一〇分の一あてである。
(五) 本件土地の譲渡所得の計算は、別表3のとおりである。
二 原告ら主張の手続的違法について
(一) 国税通則法二四条にいう調査について
同法条は、なんら具体的方法を定めていないのであるから、その範囲、程度及び手続などは課税庁の広い裁量にゆだねられているとしなければならない。したがつて、課税庁が、更正処分をするについて、全く調査を怠つた場合には、当該更正処分は違法となるが、そうではなく調査自体の不十分であることは、直ちに当該更正処分に取り消すべき違法があるとすることはできないと解するのが相当である。
この視点に立つて本件を観ると、本件では、本件土地を日本機械に譲渡した事実が、原告らに全く共通であることを重視しなければならない。ということは、原告奥田泰郎を中心に調査を進めれば、他の原告らの調査にもなるということである。
成立に争いがない甲第五ないし第八号証、同第一五号証の一、二、乙第九号証の一ないし四、同第一〇号証、同第一九号証によると、原告らの確定申告は、税理士訴外大谷和夫が作成して提出したが、更正処分の際には、課税庁の職員は、譲渡所得が農地法八〇条による売払を受けた土地の譲渡であることを調査し、原告奥田泰郎と奥田昇次との間の覚書(乙第六号証)、日本耐アルカリと原告奥田泰郎との間の約定書(同第八号証)を徴したことが認められ、この認定の妨げになる証拠はない。
そうすると、課税庁は、本件更正処分をする際、国税通則法二四条の調査をしたとしなければならない。
したがつて、原告らの同条の調査の欠による手続的違法の主張は、採用しない。なお、原告奥田泰郎に対する本件更正処分をするについて、その帳簿書類の調査が必要でないことは、所得税法一五五条一項本文但書の明定するところである。
(二) 所得税法一五五条二項の理由の附記について
青色申告の承認を受けた所得については、法定の帳簿書類に基づいて計算を行わせ、その帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることがないよう保障しているが、青色申告の承認を受けていない所得については、青色申告に対する更正であつても、白色申告に対する更正と同様に処理されれば足りるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年九月一二日民事裁判集八八号三八七頁)。
さて、本件は、青色申告の承認を受けていない本件土地の譲渡所得に対する更正であるから、原告奥田泰郎が青色申告者であつても、その更正についての理由の附記は、法律上要求されていないことは、いうまでもない。
したがつて、原告奥田泰郎のこの主張は、採用しない。
三 原告ら主張の実体的違法事由について
(一) 行政処分の無効は、何時どんなときにでも、誰に対しても主張できるものであるから、本件更正処分の前提として、本件土地の買収処分の無効を主張して本件更正処分を争うことはできると解するのが相当である。
しかし、行政処分の単なる取消し事由に当たる瑕疵については、既に抗告訴訟の出訴期間が経過しているから、本件で適法に主張できないことは、いうまでもない。そこで、原告ら主張の本件土地の買収処分が無効であると主張しているものの中に、単に取消し事由にしかならないものは、この理由で排斥される。
(1) 本件土地の買収計画が、自作農創設特別措置法三〇条に規定された目的を欠くとの主張について
「未墾地買収は、『自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するために必要がある』場合に行われるものであり、右必要性の認定については、農業委員会は、目的地が開墾適地であるかどうかの点のみならず、目的地附近の社会的条件、国の農業政策、資源確保、災害防止の必要度等の諸要素を検討考慮する必要があり、したがつて、農業委員会に、以上の諸要素を基礎とした相当広範な裁量権が与えられている」(最高裁判所昭和三四年七月一五日民集一三巻七号一〇六二頁)。したがつて、買収計画が違法となるのは、農業委員会の裁量権行使に濫用又は踰越があつたときに限られ、この場合の違法は、買収計画の取消し事由であつて、無効事由にならないと解するのが相当である。
原告らの主張は、この点で採用できない。
のみならず、成立に争いがない甲第九号証、同第二〇ないし第二二号証、同第二五ないし第二七号証(同第二五、二六号証については原本の存在についても争いがない)、同第二八号証の一、二、同第二九、三〇号証、同第三二号証の一ないし五、弁論の全趣旨によつて原本の存在とその成立が認められる同第一二号証、証人斎木暉亮の証言によると、本件土地を含む津田町第一地区の未墾地買収計画自体が、同法三〇条の目的、趣旨に合致しれものであるといわなければならない。
(2) 本件土地の買収計画の樹立に当たり同法三一条、民有未墾地買収要領に違反して各筆ごとの綿密な調査をしなかつたとの主張について
未墾地買収においては、買収目的地の特定を欠くときには、買収計画自体が無効になると解するのが相当である。しかし、この特定には、買収目的地の実測面積によることまで要求されてはいないのであつて、関係書類上、被買収者のどの土地が対象にされているかが特定できれば足りるのである(最高裁判所昭和三六年五月二六日民集一五巻五号一三六五頁参照)。
前掲各証拠によるとき、本件土地が、未墾地買収の対象地として特定を欠いたとすることはできない。とりわけ、奥田春男は、本件土地が未墾地買収の対象になつていることを知つたうえで、訴訟をしたり異議の申立をしたりしているのである(前掲甲第一二号証、原本の存在と成立に争いがない甲第一三、一四号証による)。そして、前掲甲第二五号証や証人斎木亮の証言によると、奥田春男は、大阪府職員が本件土地の現地調査に行つたときにはその立会をし、境界の不明確な部分を指示したというのである。このような事情があるに拘らず、本件土地の買収計画を樹立するについて、綿密な調査をしなかつたというのは、事実にそわない主張でしかない。
(3) 津田二五三六番三の土地が農地であるのに、未墾地と認定したことの誤りについて
明らかに農地であるものを未墾地と誤認して未墾地買収をした場合、その買収は、無効であると解するのが相当である。
しかし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても津田二五三六番三の土地が、全地域にわたつて、明らかに農地として耕作されていたことが認められる証拠はない。却つて、前掲甲第二五号証や斎木証言によると、奥田春男の使用人である脇川好市が、約半分位よいとこ好みの格好で開墾して耕作していた程度であり、脇川好市自身この土地を未墾地買収された後、売渡しを受けることを希望していたことが認められる。この認定の事実によると、津田二五三六番三の土地全部が農地であることが誰の目から見ても明白であつたとまで断定することは無理である。したがつて、原告らのこの無効の主張は、採用しない。
(4) 本件土地の範囲と面積の不確定について
さきに述べたとおり、被買収地の特定を欠くときには、買収計画は無効になるが、本件では、本件土地の範囲は、関係書類によつて明らかにされ、奥田春男の十分承知するところでもあつたのである。
前掲甲第二五号証、斎木証言によると、買収計画のため特に測量はせず、目測によつて縄のびを一・五としたことが認められる。そして、本件においてこの縄のび率が明白に間違つていることが認められる証拠がないのであるから、原告ら主張の本件土地の範囲と面積が不確定であることが、本件土地の買収処分を無効ならしめる事由とはならない。
(5) 本件買収計画から除外された民有地(奥田立子所有地)が本件土地の買収により袋地になつたとの主張について
原告ら主張の事由が、本件土地の買収処分を当然無効にならしめる瑕疵であるとすることはできない。
(6) 本件土地の買収令書の交付がなく対価の支払もされていないとの主張について
買収令書の交付がないことや対価の支払がないことは、買収処分を無効ならしめる瑕疵に当たる。
前掲甲第二五号証、成立に争いがない同第二三、二四号証、同第三一号証の一ないし五、証人斎木暉亮の証言によると、奥田春男は、買収令書の受領を拒んだため、大阪府知事は、大阪府公報(甲第二四号証)に公告しその対価を供託したことが認められ、この認定の妨げになる証拠はない。
そうすると、原告らのこの主張も、採用できない。
(7) 本件土地について、正当な補償がないとの主張について
原告らの主張が、本件土地の買収処分を無効ならしめる瑕疵に該当しないことは、多言を必要としない。
(8) まとめ
以上の次第で、本件土地の未墾地買収計画ないし買収処分が無効であるとの原告らの主張は、すべて理由がない。
(二) 時効所得について
奥田春男は、本件土地が昭和二三年中に買収になることを知り、同年七月には、未墾地買収計画取消訴訟を、同年九月には、農地買収対価増額訴訟を提起したことが、前掲甲第一三、一四号証によつて認められる。
そうすると、奥田春男は、本件土地の所有権が農地買収によつて国に移転したことを知つたものとするほかはなく、仮に、奥田春男が、昭和二三年七月ころから、本件土地全部を占有したとしても、その占有に所有の意思があつたとすることは、到底無理である。
したがつて、原告らの時効取得の主張は、採用しない。
(三) 農地法八〇条の売払請求権の譲渡であるとの主張について
本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、原告らと日本機械との間の売買の目的が物が、本件土地ではなく本件土地の売払請求権であることが認められる証拠はない。
却つて、成立に争いがない乙第一号証の六、七、同第二、三号証、証人玉田善彦の証言、原告奥田泰郎の本人尋問の結果によると、右売買の目的物は、形式的にも実質的にも本件土地であることが認められる。
したがつて、原告らのこの主張は、採用しない。
(四) 原告らは、本件土地の売払が無効であると主張しているが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、本件土地の売払自体が無効であることが認められる証拠はない。原告らは、本件土地の売払を受け、これを日本機械に譲渡して多額の利益を得ながら、本件土地の売払を無効と主張することは、矛盾も甚しく、理解に苦しむところである。
四 本件土地の譲渡費用について
(一) 奥田昇次分 二、〇〇〇万円
成立に争いがない乙第六号証、公務員が職務上作成したものであるから真正に作成されたものと認められる同第一六号証の一、原告奥田泰郎の本人尋問の結果を総合すると、原告奥田泰郎が奥田昇次に支払うことにした二、〇〇〇万円の性格は、奥田昇次の奥田塗料製造工場の退職功労金、奥田昇次の居住家屋(恩田立子所有)の立退料、原告奥田泰郎と奥田昇次との間の奥田春男の遺産をめぐる確執に対する示談金など諸々の解決金であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
そうすると、この二、〇〇〇万円が、本件土地の譲渡に必要な費用に該当しないことは、いうまでもない。
なお、原告らは、この二、〇〇〇万円が、退職功労金であるとするなら、原告奥田泰郎の事業所得を更正すべきであつたと主張しているが、同原告が、そのような確定申告や修正申告をしていないのに、課税庁がそのような更正をすべき義務はない。
(二) 日本耐アルカリ分 二五〇万円
前掲乙第一六号証の一、成立に争いがない同第八号証、同第一五号証、公務員が職務上作成したものであるから真正に作成されたものと認められる同第一一号証の一によると、日本耐アルカリが、原告奥田泰郎から借りていた建物のあつた場所は、枚方市津田財産区所有の枚方市大字津田四七七四番であつたこと、日本耐アルカリは、この建物から立ち退くため二五〇万円を原告奥田泰郎から受け取つたこと、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
そうすると、日本耐アルカリ分が、本件土地の譲渡に必要な費用に該当しないことは、いうまでもない。
五 本件更正処分が、著しく公平を欠き違法であるとの主張について
原告ら主張の事情が、本件更正処分を違法にならしめる理由とならないことは、多言を必要としない。課税庁としては、確定申告、修正申告を契機として、その内容を審査し、税法を適用して課税処分をすれば足り、他の納税者(本件では離農者)との比較をも考えて課税処分をする義務もなければ必要もない。
六 本件更正処分の適法性について
原告らは、農地法八〇条によつて本件土地の売払を受け、これを日本機械に譲渡したわけであるから、この譲渡所得は、農地売払法五条一項二号、租税特別措置法三二条一項により、分離短期譲渡所得として課税される。そして、譲渡費用中奥田昇次分二、〇〇〇万円と日本耐アルカリ分二五〇万円は、否認されなければならない。そうすると、別表3の被告らの更正欄記載のとおりになる。
以上の次第で、本件更正処分は、適法であつて、原告ら主張の違法な点はない。したがつて、本件賦課決定処分も適法である。
第三むすび
原告らの請求は失当であるから棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 古崎慶長 裁判官 孕石孟則 裁判官 浅香紀久雄)
別表1
原告らの昭和49年分所得の課税の経緯
<省略>
別表2
原告らの申告と更正の内容
<省略>
別表3
譲渡所得の計算
<省略>
※分離短期には特別控除額の適用がない(措置法32条)
物件目録
所在 地番 地目 地積
<1> 大阪府枚方市字津田 四三八九 山林 一、〇五三坪
<2> 〃 〃 四三九〇-一 〃 一、一〇五〃
<3> 〃 〃 四三九〇-二 〃 二八五〃
<4> 〃 〃 四四八三 〃 五三七〃
<5> 〃 字杉 八三八 〃 四七六〃
<6> 〃 字藤阪 二五七〇 畑 八八〃
<7> 〃 〃 二五七一 〃 八七〃
<8> 〃 〃 二五三六-三 〃 一、〇三二〃
<9> 〃 〃 二五六二 山林 三五六〃
<10> 〃 〃 二五六三 〃 一、七四三〃
<11> 〃 〃 二五三五 〃 一、二九二〃
準備書面(昭和五五年九月五日)
原告らは、本訴において、国が昭和二三年七月二日付をもつてなした本件土地に対する自作農創設特別措置法第三〇条にもとづく買収(いわゆる未墾地買収・以下本件買収という)の無効を主張するものであるが、この点に関する主張を、次のとおり補充する。
一 本件買収は、自創法第三〇条に明記される買収の目的を欠くか、少くとも同条に定める買収目的に関する解釈・運用を誤つたものである。
(一) 同条は未墾地買収の目的を「自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するため」と定めているが、本件買収当時、国の側に「自作農の創設」または「土地の農業上の利用の増進」の目的があつたとしても、それは全く主観的、恣意的なものであつて、本件買収後における国の不作為的態度、すなわち自作農を創設し、あるいは土地の農業上の利用の増進をはかるために、積極的な施策を講じなかつたことが如実に示すごとく、客観的に買収目的をもつていたものとは到底考えられない。
(二) また、何よりも被買収者訴外亡奥田春男は本件買収当時まぎれもなく自作農(同訴外人は兼業として塗料製造業を営んでいたが、自作農創設特別措置法第 条は自作農をいわゆる専業農家に限定していない)として、本件土地を農地または新炭採草地として所有し、かつこれを利用していたのであり、たとえ国が本件土地を買収のうえ、該地に自作農に非らざる第三者を入植させて自作農を創設し、あるいはすでに自作農である第三者を入植させてその土地の農業上の利用を増進する目的を有していたとしても、右訴外奥田の自作農家としての営農規模を減少させ、ひいては同訴外人の耕作者としての地位を不安定にし、土地の農業上の利用を減少させるがごときは角をためて牛を殺すの喩であつて、自創法本来の趣旨に反するものである。まさに自創法第三〇条に定める買収目的の解釈ないしは運用を誤つたものといわなければならない。
(三) なお、以上の点については、立法者の意思も重視されなければならないと思われるところ、自創法制定当時における国会審議の諸議事録は原告らの主張を全面的に裏付けている。
二 買収は、まず都道府県農地委員会が樹立し、都道府県知事が認可した買収計画にもとづいて行われることになつており(自創法第三一条)、右買収計画の樹立にあたつては被買収土地の各筆ごとに所定の事項を綿密に調査のうえなされなければならないとされている(同法第三二条、民有未墾地買収要領・昭和二二年一月八日農林次官通達)ところ、国は大阪府県農地委員会をしてかかる調査を実施させず、したがつてその限りにおいては違法な買収計画を樹立し、大阪府知事をして、これを認可したものである。
(一) 調査に関しては、当時農林次官通達(昭和二二年一月八日二一閣第二三五七号)なるものが定められており、右通達によれば、調査は対象土地の各筆ごとに、所定事項を綿密に実態調査をしなければならないとされていた。しかして、所定事項として明定されるものは次のとおりであつた。
イ 土地については、地目(台帳上と現況について)、面積(台帳上と実測によるもの)、対価および所有者など。
ロ 目通三寸以上の立木および竹については、所在地、樹種、数量、対価および所有者など。
ハ 堰提などの工作物については、所在地、種類、構造、対価および所有者など。
ニ 溜池、水路などの用水設備については、所在地、種類、目的、用水量、対価および所有者など。
(二) しかるに国は本件土地(実は本件土地のみならず、いわゆる津田地区の全域についてであるが)の各筆についての調査を全く行わなかつた。
とくに、本件土地について(のみならず叙上の全域について)、その範囲、非買収地との境界およびその面積についての調査がなされなかつたことは、重視されなければならない。
(三) また、国は本件土地について(のみならず叙上の全域について)、所定事項の調査をしなかつた。
とくに、農業にとつて必要欠くべからざる水利についての調査は全くなされず、また本件土地および対象地一帯には直径二〇ないし三〇センチメートルに及ぶ松その他の立木や竹が密生していて、本件買収の目的に鑑みれば、当然独立した買収の対象としてこれを調査すべきところ、これを全くしなかつたことは重視されなければならない。
(四) さらに、所定事項については調査したものもあるが(もちろん各筆ごとの調査はなしていない)密な調査はなさなかつた。
三 本件買収は自作農創設特別措置法第三〇条第一項一号、すなわち「農地及び牧野以外の土地で農地の開発に供しようとするもの」の買収としてなされたものであるが、本件土地の一部(大阪府枚方市字津田二五三六番三の土地一帯)については、当時前記訴外人が現に農地として農業の用に供していた土地であるにもかかわらず「農地及び牧野以外の土地」として買収されたものである。
ちなみに、同条項二号にはいわゆる「あわせ買収」として、農地をも買収の対象とすることができるようになつているが本件買収はあくまで同条項一号としてなされたものであることは、当時本件買収の手続に関与した当時の大阪府農地部職員が明言するところである。
四 本件買収は、前述したごとく、各筆ごとに綿密な調査、とくに測量などを実施せずしてなされた結果、買収土地の範囲、したがつて隣地とくに非買収地(本件土地についていえば訴外奥田立子所有の大阪府枚方市津田二五三六番二)との境界も判然とされないまま、しかも買収土地の面積も不確定のまま買収がなされた。
前述の農林次官通達によれば、買収土地の「買収面積は土地台帳に登録した当該土地の地積によるのを原則とするが、その地積を以て買収することを著しく不相当と認め別段の面積を定めたときは、台帳面積の外にその面積を買収面積欄に表示し、面積測定の方法実測、目測等を摘要欄に表示すること」と定められているが、国は本件土地(のみならず前述の土地全域)について公簿面積によることは「著しく不相当」としながらも、実測することなく、本件土地を含む右の全対象土地(但し、宅地は除く)については、その公簿面積に一律単純に一・五を乗じて買収土地の面積としたが、もとより合理性を欠き、推察するにただ行政の便を計つたにすぎない。
五 本件買収は、訴外亡奥田春男およびその家族の生活と営業(塗料製造業)を全く無視してなされ、同訴外人の妻である訴外奥田立子所有地(前記の枚方市字津田二五三六番二)を除き、その周囲の土地をすべて買収した結果、全くの袋地とされてしまつた。
かくして、本件買収は、かりに自創法所定の目的に出でたものであつたとしても、著しく法の趣旨を逸脱したものといわなければならない。
六 本件買収については、買収令書の交付がなされていない。
(一) 自創法によれば、買収は被買収土地の所有者に対し買収令書を交付してしなければならないとされている(自創法第三四条・同第九条)。そして、右所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないときは、命令の定めるところにより、所定事項を公告し、令書の交付に代えることができるとされている(同第九条一項但書)。
(二) しかるに、本件買収については、訴外亡奥田春男に対し、買収令書の交付は全く試みられなかつた。
(三) ちなみに、本件買収については、右訴外奥田春男において令書の受領を拒絶したという虚偽の事実をもとにして、買収の時期(昭和二三年七月三日)を過ぐること七ケ月に及んで、すなわち昭和二四年二月八日付大阪府公報をもつて公示されているか、公示の原因を欠くこと前述のとおりであつて、かかる公示をもつて、買収令書不交付の違法が治癒されるものではない。
なお、津田地区における当時の被買収者は共有者を含め合計六〇名であつたところ、うち四三名について、右公報をもつて公示されており、その行政の違法ぶりが如何なく示されている。
七 本件買収については正当なる補償がなされていない。
(一) 本件土地の買収についてはすでに主張したごとく、買収の対価が全く支払われていない。
(二) 国は本件土地の買収対価は供託した旨主張するようであるが前記訴外人は供託の事実を知らないばかりか、たとえ供託の事実があつたとしても、それは供託の要件を欠くものとして無効であるといわなければならない。
(三) かりに、本件土地の対価が有効に供託されているとしても、該対価は前述したごとく公簿面積に一律単純に一・五を乗じたものを買収土地面積として算出したもので、真実の面積にもとづいて算出した額をはるかに下廻る額であるから、これをもつて、本件土地の正当なる補償がなされたとみることは到底できない。
(四) さらに、本件土地上には前述したごとく、買収当時直径三〇センチメートルの松を主体とする立木及び竹が密生していたが、国はこれら多数の立木および竹について買収の手続をとることなく、したがつてこれに対する正当な補償をすることなく、本件土地の買収と同時に、これに附随して、事実上買収をなした。
(五) また、本件土地の上には、買収当時、前記訴外人が高価を投じて構築した滝および所有農地(もちろん本件買収の対象外)に至る農業用水路が存在したが、これら工作物もすべて正当なる補償なく、本件土地の買収に付随して、事実上買収されてしまつた。
八 以上述べたごとく、本件買収処分には、重大にして、かつ明白なる瑕疵があり、当然無効といわなければならない。